インタビュー:むっちゃん(ディレクター)

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今回の「名作アルバム」開発スタッフインタビューは、マーク3版『ファンタジーゾーン』のディレクターを務めた"むっちゃん"が登場。当時話題になったマーク3版オリジナルボス登場の経緯などを中心にお話しを伺いました。

そして今回から実際にプレイしていただたいた模様をマンガ形式でお送りする"リプレイコミック"もスタートします。

むっちゃん プロフィール

1984年入社。アーケードの人気作『ファンタジーゾーン』『スペースハリアー』などをセガマーク3に移植した他、メガドライブ『バハムート戦記』などオリジナル作品もディレクション。

その後、「テラプロジェクト」にてテラドライブおよびテラネットを立ち上げ、1996年、セガのホームページ開設業務に携わり、現在カスタマーゲートウェイ部にてセガ公式サイトを統括する。

長野県出身。AB型。
むっちゃん



セガマーク3版『ファンタジーゾーン』製作決定

■  僕が入社したのは1984年で、研究開発部企画開発課という部署に配属になったのね。ひとつの部署にソフトの企画・デザイン・プログラマーがいっしょにいて、企画は全員で10人くらいの規模。で、同期は中(裕司)君、小玉(理恵子)さん、小口(久雄)とか。小口とは、よくカラオケスナックに行ってツケで飲んでたなぁ(笑)。

─  最初から家庭用の企画だったんですか?

■  うん。僕がセガに入る前の年に「SC-3000」が出て、僕の入社した年からアーケードとCS(家庭用)の企画を分けることになったのね。で、その時から僕はCS担当だった。

─  はじめにディレクションしたゲームは何ですか?

■  最初に世に出たのは『コナミの新入社員とおるくん』かな?

─  それから『ファンタジーゾーン』までにディレクターとして、何作くらい担当したんですか?

■  ……いっぱい(笑)
若き日のむっちゃん

[むっちゃん秘蔵写真 その1]

当時の開発スタッフの面々。右から2番目が若き日のむっちゃん。ちなみに一番左は現在ヒットメーカー社長の小口さん。

■  最初のころは、僕を含めて企画4人で20タイトルくらいを同時進行するので、常にひとり3〜4タイトルは抱えている状態だった。だから、『ファンタジーゾーン』の時には、すでにかなりの数をこなしてたんですよ。

─  『ファンタジーゾーン』というタイトルの選定はどのようにして決まったんでしょうか?

■  当時、誰がどのタイトルを担当するかっていうのは、企画とかプログラマーとかみんなで集まって、「私がこれをやりましょう」「あなたがこれをやりなさい」っていう感じで決めていたんですよ。

それで『ファンタジーゾーン』の時も会議室に集められて……1M(当時主流だったマイカードマーク3の約4倍の容量)というロムが出来上がるので、それに合わせて「この日までにゲームを作らなければいけない」という"スケジュール"がまず決まった。同時に1Mでやるタイトルを"2つ"作ろう、ということも決まった。

で、次に何をやるのか……という話になって、スケジュールが決められているのでオリジナルは無理だろう、という結論になった。でも、ちょうどその時に『北斗の拳』のライセンスが取れて、せっかくなので『北斗の拳』をやろうということで、まず1本がスンナリ決まった。

もう1本は何にしようか? ということになって、"手っ取り早く移植できそうだから"『ファンタジーゾーン』にするか……ってことになった(笑)。それじゃ、ディレクターは誰がやる? っていう話になって、「じゃあ、ファンタジーゾーンは僕がやります」と手を挙げました!


むっちゃんがディレクターを務めたゲーム

[SC、SGシリーズ]

・コナミの新入社員とおる君
・バンクパニック
・チャンピオンシップ
 ロードランナー

[セガマーク3]

・スーパータンク
・コミカルマシンガンジョー
・ファンタジーゾーン
・スペースハリアー
・グレートゴルフ
・マスターズゴルフ
・ロード オブ ソード

[メガドライブ]

・ワールドカップサッカー
・ゴールデンアックス
・バハムート戦記

[テラドライブ]

・パズルコンストラクション

─ 他 多数タイトルを担当。



ストーリー・作品解説

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