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『フリッキー』の“思い出”をつづってくれた皆さん、どうもありがとうございました! みなさんからの“思い出”は、すべて川崎さんに読んでいただきました。そしてたっぷりと時間をかけて選考した結果、yunextさんに『フリッキー』の色紙をプレゼントすることに決定しました。 yunextさん、おめでとうございます! 大切にしてくださいね。 |
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初めて『フリッキー』をプレーしたのは結構覚えてます。確か高校の時、友達の家に電車ではるばる遊びに行った時に駅のすぐそばの駄菓子屋さんに置いてありました。 かわいいキャラクターも手伝って1回プレーしただけでもう夢中になりましたね。友達の家に行くのそっちのけで(笑)。あともうちょっとでテラスに登れなかったり、ヒヨコを全部取って帰らないと気が済まない性分で、出口寸前でネコに当たってしまった時には、、、とってもぐやぢー!!(泣) (メガ・どライバー・男・35)
フリッキーがスズメであり、ピヨピヨの親ですらなかったことは、正に衝撃の事実でした。わたしはズット、ツバメかなにかの親子かと思ッて居ました。 暗く殺伐としたゲームが多いなか、『フリッキー』は、見ためにもテーマ的にも異彩を放ッて居ました。当時は、あまりゲームにふれる機会がなかったのですが、このゲームに関しては、はじめてアーケードで画面を観たときから強く印象に残ッております。 まあ、ニャンニャンは「餌」を狙ッて居るのかも知れないんですから、このゲームにも、ある意味 残酷な部分はあるのですが...今回、川崎さんが描いた色紙のニャンニャンを拝見して、その印象も変わりました。なにやら、追いかけっこして戯れて居るようですね。 (匿名希望・男・30)
当時韓国のゲイセンでは『フリッキー』っての名前は使われませんでした。代わりに日本語を知らない小学生だった僕たちに『ピヨコ』で呼ばれました。 他のゲームに比べて難しく感じられましたから『フリッキー』で『王様ゲーム』の王様を決めたりしました。 (クロセイ・男・26)
『フリッキー』は小学校低学年の時に友達の家のSG-1000IIでよくやってました。最初は簡単なボーナスステージですが、後の方になるとパーフェクトを出すのがほぼ無理なくらい難しかったのを覚えてます。 近くの長崎屋のゲームコーナーにアーケードが有ったのですが、あの頃の100円は私には手が出なかったです。でも、デモを見ているだけで綺麗でしたよ! 今は『SEGA AGES』で持っているため、いくらでも出来て嬉しい限りです。 (TZO・男・26)
私は、セガのゲームに触り始めたのはドリームキャストからなのですが、このコーナーは大変面白いです。インタビューを読んでいると、最近のゲームから受けるものとはまた違った印象を受けます。 Windowsに移植されているようなので、早速買ってみたいと思います。 (シヴァ・男・23)
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今回もたくさんのご応募ありがとうございました! 採用された方にはもれなくQUOカードをプレゼントいたします。 次回もまた、みなさんの思い出を聞かせてくださいね。 |