#08 雲野 雅広

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セガのゲームを作る、あんな人、こんな人。

どんな人が、どんなことを考えて、セガのゲームは生まれるのか?

それぞれのクリエイターが持つ “こだわり” や “発想”、開発中に起きるエピソードなど、普段はなかなか聞けないことを、直接会って聞いてみよう! というこのコーナー。

今回は、現代の忍者である主人公・秀真(ほつま)の “殺陣(たて)アクション” が爽快な、セガ初のPS2オリジナルタイトル 『Shinobi』 のチーフディレクター、雲野 雅広 氏(オーバーワークス)に、本作の魅力を語っていただきました!


雲野 雅広 (くもの・まさひろ)

(株)オーバーワークス 『Shinobi』 チーフディレクター

1969年生まれ A型

■主な経歴

1992年入社、メガドライブの 『アウトラン』 、32Xの 『テンポ』 などにデザイナーとして携わりながら、徐々に映像関連にシフト。

SS 『サカつく』 『ナイツ』 『AZEL −パンツァードラグーンRPG−』、DC 『ソニックアドベンチャー』 など一連の家庭用ゲームソフトのムービー制作を手掛け、『サクラ大戦3』 『〜4』 では、映像ディレクターを担当。

新作 PS2 『Shinobi』 では、チーフディレクターとして映像だけでなく全体の統括を行う。



ゲームには可能性があるんじゃないのかなと思った




『ペンゴ』 (1982年)

―― 小さな頃からゲームとか絵を描くことが好きだったそうですね。

雲野■テレビゲームにはじめて触れたのは、たぶん駄菓子屋の10円ゲームとかで、セガで言うと 『ペンゴ』 とか 『ジャンプバグ』 です。
 そのうち、駄菓子屋にあったゲームもどんどんグラフィックがきれいになっていって、「これはもっともっときれいなグラフィックを描けるようになるんだろうな。それだったら自分でちょっと作ってみたいな」と思っていたんです。

そこでいろいろ迷ったのですが、セガから出ていた (*)SC-3000 というパソコンを買いまして…… ドットでブロック描いて「ブロックくずし」とか作ったりしたんですが、すぐに容量が足りなくなってしまう(笑)。
 『ゼビウス』 みたいなグラフィックって描けるのかなぁと思っていろいろ試すのですが、1色しかスプライトは出ないとか、重ねてもズレるとか問題があって、「あ、こりゃマシン的にも限界なんだな」と……。

でも、高いパソコンは買えないので、とりあえず絵の勉強でもしておくかって感じでした(笑)。
 僕は要素的にプログラマーではないんで、絵を描きたいな、と。

……で、日本画の勉強を始めたんです。

―― モチーフはどんなものが多かったんですか?

雲野■日本画の題材はいっぱいあるんだけど、モチーフは風景ですね。大阪で育ったので、大阪城の近くの桜の通り抜けがあるような川沿いとか。
 大阪は緑のあるところは少ないんですが、私はわりあい緑の多いところで育ったので描きたい風景がたくさんあったんです。

そういうのを日本画で描きたかった。日本画の顔料の発色のきれいさ、日本的なアウトライン、線の強弱のつけ方、そういうところを勉強したかったんです。

*) SC-3000 (1983年)


―― それなのにどうしてゲームをまたやろうと思ったんでしょう。

雲野■学生時代は日本画の勉強をしつつも、昔遊んだ駄菓子屋のゲームの路線が忘れられず、ゲームの世界に入ってみようかな、と漠然と考えていました。

小学生の時に 『2001年宇宙の旅』 の影響をモロに受けて、『ゼビウス』 を見たときに衝撃を感じたんです。『ゼビウス』 は、少ない色数のなかでモノリス的なものを表現していたりして、「あぁ、そういうやり方もあるのか。テレビゲームのなかで、こういうことも表現できるのか!」と思ったんですね。

でも、もっとつっこんでやれるんじゃないか、ゲームは絵よりも表現手段として映画に近いものができるのではないか、ゲームには可能性があるんじゃないのかなと思って、この世界に飛び込んだんです。


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